江戸時代末期、『歌川派にあらずは浮世絵師にあらず』 といわしめた三代歌川豊国の名は、北斎、歌磨を知らなくても江戸庶民の誰もが知っていたのです。歌川派閥(歌川絵師の集団)の人気を不動のものにした三代豊国はデザイナーとしても能力を発揮し、世界に先駆けてデザイン的要素を含んだデザイン浮世絵を次から次へと創りあげたのです。また、『源氏絵』という時代の流行をも創りあげました。
 また、それらの作品の一つ一つが非常に完成度の高い浮世絵であり、摺りも最高で二十数版という緻密な作品であります。 三代歌川豊国の絵は江戸庶民にあまりに愛され多くの浮世絵を描きつづけ、それらの浮世絵は飛ぶように売れました。
 しかし、それが逆に 現代の美術界での稀少価値が美術的価値に値するといった経済的な偏った評価から 、北斎、歌磨らに比べ、低い評価を受けていますが、歌川派浮世絵の芸術性は非常に高いものといえるでしょう。